仙台高等裁判所 昭和24年(を)26号 判決 1949年6月07日
控訴人 被告人 遠藤義雄
弁護人 松浦松次郎
檢察官 西海枝芳男関與
主文
本件控訴は之を棄却する。
理由
弁護人松浦松次郎の控訴趣意は「一、第一審檢察官は第一審公判廷で被告人遠藤義雄に対する起訴状の内容として『被告人等は共謀の上昭和二十四年一月十八日午後八時頃山形市香澄町六十里越一七七番地所在日本石英硝子株式会社原石倉庫内に於て同会社取締役社長清野実の保管に係る生ゴム弍拾六貫六百匁時價約拾参万三千円相当を窃盗したものである。』云々と訴因を朗読し且つ罰條として『刑法第二百三十五條』を指示して敍べたのである。即ち公訴事実の内容は控訴人義雄と第一審被告人小関善蔵等は共謀して日本石英硝子株式会社の原石倉庫から生ゴム二十六貫六百匁を窃取した実行正犯であると言う趣旨に考えられるのである。然るに第一審被告人遠藤義雄に対する判決は其理由の中で『(二)被告人遠藤義雄は被告人小関善蔵及今井時義か右(一)(被告人小関善蔵は今井時義と共謀して昭和二十四年一月十八日頃山形市香澄町六十里越百七十七番地所在日本石英硝子株式会社原石倉庫内で同会社取締役清野実が保管している生ゴム二十六貫六百匁を窃取し)のように生ゴムを窃取するの情を知りながら同年同月十七日頃被告人小関善蔵の肩書住所で同人及今井時義に対し『明日の夕方宴会があるので生ゴムを置いてある方の工場が留守になるから盗むのに都合よい』旨を告げ以て同人等の右(一)の犯行を容易たらしめこれを幇助し』云々と説示し後段法律の適用を説示するのに『遠藤義雄の所爲は同法第二百三十五條第六十二條第一項に該当する』と判示せられて被告人義雄に対しては窃盗正犯行爲を認めないで同幇助罪を以て処断したのである。
元來刑事訴訟法第二百五十六條並に同法第二百九十一條に謂う起訴状の内公訴事実は其訴因を明示しなければならないことは成文上明かであるが訴因と言うものはどんな程度に明示しなければならぬかと言うに起訴の原因乃至理由である事実の表示であると考えられるのである言葉を換えて言えば犯体即ち犯罪自体であつて此一部でも脱落して仕舞へば最早や犯罪の自体が形を爲さないと言う最少範囲の事実の明示であらなければならないと思うのである。
而して実行正犯は実行正犯としての罪体があり幇助罪は幇助罪としての別の罪体があつて決して二者間同一ではないと信ずるのである勿論幇助罪の罪体とは正犯の事実と幇助の事実を併せたものであつて幇助の事実のみで罪体を形成しないことは幇助罪が正犯の從属性から見ても当然であるが反対に正犯の事実そのものが幇助を当然包含すると言う事は考えられない。それは正犯のみあつて幇助のない場合もあるからである。
本件公訴事実中の訴因は実行正犯であつて幇助の事実にまで、及んでいないから若し正犯行爲が無かつたとすれば当然其範囲で裁判すべきものであつて公訴事実を拡張して幇助罪まで判断すべきものでなく若し其範囲が不明であり或は不正確であつたなら第一審裁判所は刑事訴訟法第三百十二條第二項に基いて訴因又は罰條の変更を命じてから裁判をしなければならない事と考えられるのである。
結論すれば第一審裁判は窃盗正犯に関する審判の請求を受けながら之れを審判せず却て公訴提起のない幇助罪に就て判断を加えた違法があるから刑事訴訟法第三百七十八條第二項第三に該当すると信じて控訴を申立てた次第である。」というにある。
記録によれば、本件起訴状記載の訴因は論旨摘録の通りの窃盗の共同正犯の事実であるのに、原審は、刑事訴訟法第三百十二條によつて訴因を追加又は変更を命ずるの措置を執ることなしに、判決において論旨摘録のように右訴因に掲げられた窃盗についてその幇助の事実を認定しているのであつて、この点は正に所論の通りである。しかしながら訴因とは公訴事実を法律的に構成したものをいい、ことに法律的に構成するとは、刑罰法令の各本條に定める犯罪構成要件にあてはめて敍述するということに外ならないから、訴因と判決の認定事実との間に若干の相違があつてもその間に公訴事実としての同一性が失われず、同時に、そのあてはめられた構成要件の同一性もまた失われていないならば、両者は同一性を保つているものというべきで、判決の事実認定において、訴因をこの程度に変更するには、固より刑事訴訟法第三百十二條の措置を執るの要がない。ところで、前記本件訴因の窃盗の共同正犯と原判決認定の窃盗の幇助とでは、両者の基本的事実関係は同一で單に犯行の態様を異にするに過ぎぬものであるから、両者が公訴事実に於いて同一性を有するものというべきことは、從來における大審院幾多の判例に徴して疑なく、又共犯の観念は講学上犯罪構成要件の修正形式とか刑罰拡張原因などと呼ばれるところのもので、それ自体が別個の犯罪構成要件を成立せしめる要素ではないから、ある罪の共同正犯とせられているものをその罪の幇助に変更したからとて、それによつて犯罪構成要件の同一性を失わしめたということはできないのである。果して然らば、原審が前記のような事実認定をしたからとて訴因に包含せられない事実を認定したものということを得ず、その間原審が刑事訴訟法第三百十二條所定の措置をとらなかつたことはむしろその所であつて何等違法の廉はない。所論は右と異る見解に立つて原審の措置を攻撃するもので、到底採用することを得ない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六條に則り主文の通り判決する。
(裁判長判事 稻田馨 判事 鈴木禎次郎 判事 松本晃平)